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年表
戦国時代まで 江戸時代 明治時代 大正時代 昭和時代 平成時代(未掲載)

  

鳥屋町の先人(祖先)はいつ頃からこの場所に住みついたのだろうか。文献等にはいつからの記録があるのだろうか。どのような、環境(政治・文化・経済等)のもとで生活していたのだろうか。この町に関する、いろいろな疑問・質問の一部がこの掲載で解決できれば幸いです。
   現在は年表だけですが、具体的内容も徐々に掲載して行く予定です。下線のある項目をクリックすれば、表示されますので時々は見てください。
   昭和30年までは「鳥屋町史」、平成元年までは「鳥屋町史(現代編)」を引用させて頂きました。町史をまとめられた方々の並々ならぬ努力に敬意を表します。

   なお、「鳥屋町史」で約半世紀、「鳥屋町史(現代編)」で約10年を経過しております。当然編纂以降の文献・史跡の発見もあるかと思います。できるだけ最新の記述にしたいと考えておりますので、その資料等をお持ちの方・ご存知の方は教えてください。

 


戦国時代まで

年号

西暦

記事

崇神天皇御代

 

鳥屋比古神社・手間神社・火之宮神社創立(社伝)

大化元年

645

大化の改新

相銅3年

710

奈良に都がつくられる

大宝元年

701

諸国に軍団をおく

養老2年

718

越前国から能登国分置

天平13年

741

能登国を越中国に併合

天平勝宝元年

749

越中国国司人伴家持能登巡視

天平宝字元年

757

再び能登国を越中国より分置

延暦13年

794

京都の地に都が移される

延暦14年

795

良河院設立

承和10年

843

春枝玉能登国司となる

延長5年

927

「延喜式」成る。
その神名帳に鳥屋比古神社・白比古神社・瀬戸比古神社の名が見える

承平年中

10世紀

「和名抄」に能登部(鹿島都)八郷の名が見える
ただし、郷名は後年の増補であるという。

承保2年

1074

喜多院再興

応徳2年

1085

良河院の田畠、喜多院の荘園となる

保元2年

1157

藤原頼長の一青荘を没収

安元2年

1176

鳥屋宿弥助恒、能登国司少操に任ぜられる

承久3年

1192

源頼朝、征東大将軍となる

承久3年

1221

承久の変
「能登国郷保庄等公田田数目録」に良河院・一青荘・良川三階の名がみえる

仁治3年

1242

川田白山神社創立(社伝)

建長元年

1249

黒氏八幡神社創立(社伝)

建武2年

1335

建武申興破れ、ついで南北朝時代に入り、当地でも各地に戦闘行わる

応仁元年

1468

応仁の乱起り、次で戦国時代に入る

文明3年

1471

本願寺蓮如、越前吉崎に道場を作る

文明18年

1486

藤井が浦近き里であつた

長享2年

1488

一向一挨おこる

水正3年

1506

能登一宮の大坊主等、加賀一向一援越前討伐に参加、西永寺僧も従軍(推定)
この時代、春木斎藤氏活躍

天文19年

1550

遊佐続光、大槻・良川附近で畠山軍と戦い敗走
この時代畠山七度の変

天正元年

1571

織田信長、将軍義昭を追放(室町幕府滅亡)

天正4年

1576

上杉鎌信、大槻・春木・良川あたりにて戦う

天正8年

1580

織田信長、長連竜に鹿島半郡を与う

天正9年

1581

前田利家能登一国に封ぜられ七尾に居城

天正10年

1582

本能寺の変
石動山攻略
利家、起請文を長連竜に与う

天正11年

1583

利家、加賀二郡を加増され金沢に移る

天正15年

1587

この頃、花見月領内に黒氏村の薪取場ができる

天正19年

1591

信光寺、道場を開く

天正20年

1592

安養寺開創
三忍寺開創(寺伝) 

文禄2年

1593

「鹿島半郡水帳」

慶長5年

1600

関ガ原の戦


江戸時代

年号

西暦

記事

慶長8年

1603

黒氏法泉寺開創(寺仁)

慶長9年

1604

十村制度創始

慶長11年

1606

越中の上方領能登国内の地と交換

慶長12年

1607

弘願寺慶了、越申より転住

慶長 年間

 

一青村鳥畠孫十郎、長家より方百間の屋敷をたまわる

元和元年

1615

加賀藩、田畑・人身売買禁止

元和2年

1620

領内総検地はじまる

寛永5年

1628

「上野組半郡人別帳」

寛永8年

1631

加賀藩、再び田畠売買禁止

寛永10年

1633

将軍家光、この頃より切支丹禁止及び鎖国方針を強化する

寛永19年

1642

田地割制度創始

寛永20年

1646

幕府、田畠の永代売買を禁止

正保3年

1646

黒氏村、花見月村間に山論おこる

慶安2年

1649

改作法開始

明暦2年

1656

改作法成就、村御即御成替

寛文4年

1664

分地の規定初見

寛文7年

1667

浦野(道閑)事件
春木村源吾、十村となり三階に移る

寛文8年

1668

農民法度

寛文10年

1670

村御即御調替

寛文11年

1671

鹿島半郡摂取

延宝6年

1678

二日読公布

延宝7年

1679

半郡改作法成就、村御即下附

貞享元年

1684

土方領没収

元禄3年

1690

新田才許がはじめて設げられた

元禄6年

1693

加賀藩、切高仕法をもつて土地売買公認

元禄7年

1694

「一青村右図」に村肝煎名初見

元禄12年

1699

濁川普請最古の記録

元禄16年

1703

旧上方領の内六一ヵ村幕府領となる

宝永元年

1704

山田守再興

宝永4年

1707

「能登国鹿島郡川田村鑑帳」

正徳3年

1713

幕府再び分地制限令

享保7年

1722

能登の天領加賀藩の御預地となる

享保9年

1724

鹿島郡かせ生産史料初見

明和5年

1768

大槻村山縮定書

安永4年

1775

凶作ながら減税は許されず

安永9年

1780

イモチで凶作、しかし減税は許されず

寛政元年

1789

すでに小作池競望の傾向あり

寛政10年

1798

閻割の史料初見

文化3年

1806

羽坂村等五ヵ村と瀬戸村間に山論起る
良川村に質屋定書

文化4年

1807

瀬戸・春木間に若狭見用水に関する争議起こる
能登半島警備問題化

文化7年

1810

糸白方仕法

文化10年

1813

能登口郡百姓一揆
能登御預地領民御算用場に強訴

文化12年

1815

能登御預地領民再び御算用場に強訴
大槻・新庄間八幡社地紛争 

文化13年

1816

道閉の墓碑建設
良川村内入会山協定

文政2年

1819

十村断獄事件

文政3年

1820

末坂・一青両村間三角堤に関する争議起こる

文政4年

1821

布業軌道に乗る

文政5年

1822

長曽川氾濫
末坂村植林協定

文政6年

1823

長曽川氾濫

文政7年

1824

良川村奥山分割協定

文政8年

1825

外船無二念打払令

文政11年

1828

花見月・黒氏両村間の山論協定

文政ごろ

 

諸商人の史料あらわれる

天保元年

1830

御用銀を課す(六年献納)

天保3年

1832

黒氏村村定

天保4年

1833

能登部下村百姓、米屋へ強談

天保5年

1834

良川村用水打銀借用を出願
この頃凶作で世相不安

天保8年

1837

天保の御改法(徳政)
大塩平八郎の乱
世相最悪

天保10年

1839

「羽咋鹿島郡拾壱組村々高免人数等」

天保13年

1842

幕府外船打払令緩和

天保ごろ

 

鹿島郡に製瓦業入る(口伝)

嘉永3年

1853

所口郡代、海防施設巡視

嘉永6年

1856

藩主斉泰能登巡視
ペリー来航
七尾に軍艦所設定

安政5年

1858

御用銀献納
加越能三ヵ国各地に一揆こわし 

安政6年

1489

二宮川氾濫

万延元年

1860

糸白方仕法

文久3年

1863

御用銀献納
一青組出来布書出

元治元年

1864

製布業者千両講結成

元治2年

1865

川田村免定状

慶応3年

1867

大政奉還・王政復古の大号令

慶応4年

1868

五ヵ条の御誓文
花見月・瀬戸両村間に道路付替につき取極
良川駅商物次立認可
神仏分離令

慶応年間

 

下浅井組に銃卒割出
末坂村嘉左衛門製瓦業を創始 


明治時代 

 年号

 西暦

記事

明治2年

1869

加賀藩機構改革
版籍奉還
良川村に乞食打込宿設置

明治3年

1870

地方行政機構改革
大島兵太郎、神戸にて貿易業開始

明治4年

1871

廃藩置県
金沢県設置   七尾県設置

明治5年

1872

金沢県を石川県と改称    七尾県廃止
戸籍編成法    徴兵令    郡区制実施    学制頒布
良川村「職人交名簿」

明治6年

1873

地租改正はじまる
良川村に小作争議おこる
良川村、公用駕寵設備
藩札交換

明治7年

1874

内国通運会社、運賃値上げ

明治8年

1875

小学校のはじめ
春木村物産表

明治9年

1876

新庄・羽坂と徳前との用水争議調停
川日・在江両村間の川田大池に関する争議
区方条例改定(大区・小区制)

明治10年

1877

良川村普通物産表
西南戦争
能登製布会社設立

明治11年

1878

一青村「諸商売願」
地方官制・郡区町村編成法公布
郡役所・戸長役場設置
五人組復活(後廃止)
黒氏村、学校分離独立願

明治12年

1879

最初の県会議員選挙    県会はじまる
良川村三五戸類焼
コレラ流行
教尊寺開創

明治13年

1880

良川村で一時巡査派出願を提出
慶英寺開創

明治16年

1883

春木村の久保久松、水稲の新品種(赤見出)発見
石川県の区割現在の八郡と定まる
芹川領内入会卸山定約警

明治18年

1885

春木村農産物諸統計

明治10年代

 

干場理作、絹織物工場をおこす(鳥屋絹・人絹織物業のぼしめ)

明治21年

1888

末坂に巡査派出所設置(後一青から良川に移る)
市町村制公布つ

明治22年

1889

帝国憲法発布
鳥屋村成立(初代村長守山佐一)
各区に区長及び区長代理をおく
鹿島郡役所主催第一回農事講習会

明治23年

1890

小林幸助、村長となる
守山来次郎、村長となる

明治24年

1891

一青に小作争議おこる

明治25年

1892

干場理作、村長となる
壬辰大干渉選挙、高田橋事件

明治26年

1893

高木久次郎、村長となる
笹川幕四郎、村長となる
新庄若者組規約

明治27年

1894

日清戦争はじまる
小林幸助、村長となる

明治29年

1896

赤痢流行

明治30年

1897

笹川嘉四郎、村長となる
良川銀行設立(後北陸銀行支店)
伝染病院合設立(後七尾市へ移転)
鳥屋村規約協議案
北陸線開通
うんかによる大凶作

明治31年

1898

長曽川防災契約書
民法施行
鳥屋農業補修学校開絞(大正十二・廃校)
七尾鉄道開通、工業活発化

明治32年

1899

一青の小作争議再発

明治33年

1900

農会法制定、鹿島郡農会成立

明治34年

1901

良川駅官業開始

明治35年

1902

良川織物工場設立

明治36年

1903

大島幸太郎、村長となる

明治37年

1904

日霧戦争はじまる
鹿島麻織物同業組合結成
水野百太郎村長となる
鳥屋村消防組結成

明治38年

1905

一青村小作争議「和解定約書」
このころ、一青の細川仙Z助、大阪にて豆腐製造業をはじむ

明治39年

1906

鳥屋村民樺太に出稼

明治40年

1907

この頃七尾に大日本肥料製造株式会社設立(昭和一○年閉鎖)

明治41年

1908

干場理作、村長となる

明治42年

1909

七尾電機株式会社設立
鹿西地方生活史
良川に運送業開業

明治43年

1910

この頃地主会結成

明治44年

1911

良川郵便局設立


大正時代 

年号

西暦

記事

大正2年

1913

この頃鹿島郡町村矯風申会

大正3年

1914

第一次世界人戦はじまる
笹川清、村長となる
黒氏産業組合設立

大正4年

1915

七月大島兵一、村長となる
産業組合により部落に肥料の共同購入はじまる
三野多一、村長となる

大正5年

1916

村立図書館設立

大正6年

1917

良川土地改良施行認可(鳥屋町で最初)
末坂製瓦株式会社設立
小学枚女子同窓会結成(処女会のはじめ)

大正7年

1918

全国各地に米騒動おこる

大正8年

1919

九三織物株式会社設立

大正9年

1920

門野又六、村長となる
一青簡易水道完成
青年団体育大会開催
織物界不況

大正10年

1921

良川で鳥屋村最初の上地改良に着手

大正11年

1922

富士絹時代となる

大正13年

1924

高木義平、村長となる
黒氏・徳前間の農地争議解決
人絹試織はじまる

大正15年

1926

九三運輸部設立(後、良川運輸)


昭和時代 

年号

西暦

記事

昭和2年

1927

門町又六、村長となる
良川運送合資会社設立
不況時代はじまる

昭和3年

1928

鳥屋村産業組合設立
少年赤十字団設立

昭和6年

1931

三野多一、村長となる
水野助八郎、村長となる
満洲事変はじまる
失業救済事業として道路改修
人絹時代はじまる

昭和7年

1932

黒氏耕地整理組合設立
大岡藤吉,村長となる
鳥屋村方面委員設置

昭和8年

1933

村立公益質屋設立

昭和9年

1934

季節託児所創設

昭和10年

1935

宿谷平助、村長となる
今羽坂で報徳常会を創設
鳥屋村立青年学校開校(昭和二十三年廃校)

昭和11年

1936

長屋与三八、村長となる
鳥屋村経済更生指定村となる
村役場小学校跡に移転

昭和12年

1937

笹川清、村長となる
中日戦争(支那事変)勃発

昭和13年

1938

村役場現在地に新築移転
能和銀行設立(後、北国銀行支店)
鳥屋村方面事業指定村となる
経済更生経過概要書

昭和14年

1939

鳥屋村消防組を警防団に改組
大島兵信、町長となる
鳥屋町制を布く

昭和15年

1940

三野多一、町長となる
各字に隣組結成
大政翼賛会発足

昭和16年

1941

太平洋戦争に突入

昭和17年

1942

鳥屋町役場焼失
山崎一雄、町長となる

昭和18年

1943

大島兵信、町長となる
町役場再築
鳥屋国民学校女児、健康優良児審登に二等となる
企業整備強化
春木に肥田電器移る

昭和19年

1944

鳥屋農業会誕生(二三年解散)

昭和20年

1945

各区に公民館分館をおき区長業務を代行させる
終戦の詔勅が下り、太平洋戦争終結

昭和21年

1946

良川の沖で農民組合結成、後鳥屋町連合農民組合に発展
鳥屋町農地委員会発足
門野言甚吾、町長となる
農地解放はじまる
第一回衆議院議員選挙(一二四)
新憲法公布

昭和22年

1947

日本国憲法施行
笹川菊次郎最初の公選町長となる
建保組合診療所設置(町営となる)
鳥屋町立鳥屋小学校発足
鳥屋町立鳥屋中学校発足
鳥屋町公民館発足
鳥屋町体育会設立
機業界好況に入る
良川織物協同組合設立
集中豪雨により長曽川の堤防決壊

昭和23年

1948

鳥屋町農業協同組合設立
七尾実業高校(後、城北実業高校)鳥屋分校設立
社会福祉法人末坂保育所認可設備置

昭和24年

1949

鳥屋町消防団結成
鳥屋町公民館設立
鳥屋町中学校独立校舎落成

昭和25年

1950

朝鮮動乱はじまる
鳥屋学園PTA統合
MA織物組合分離
七尾農業高校鳥屋分校紡織科設置
鳥屋中学校校章制定・校旗樹立

昭和26年

1951

大岡藤一、町長となる
春木三池隊道修理完成
丸三織布火災
プール建設竣工j式

昭和27年

1952

戦傷病者戦没者遺族援護法制定
二宮川氾濫
町営住宅建設
羽坂食生活研究グループNHK放送
教育委員会発足
眉丈ガ丘児童遊園地設定
良川織物共同組合にサイジング工場建設

昭和28年

1953

鉄骨望楼警鐘台を建設
羽坂地内で二宮川堤防決壊
小学校校舎二五周年・城北高校鳥屋分校五周年記念式

昭和29年

1954

瀬戸・花見月両部落合併
金大調査団綜合調査
中学校、学校植林開始
鳥屋町青年団統合
長野県から乳牛を初導入
良川保育所落成
邑知地溝帯一○号排水路完成
台風一五号通過被害甚大

昭和30年

1955

山口与三吉、町長となる
春木にて古銭約六万枚発掘
第一回鳥屋町工業まつり開催
小学校創立八十周年記念式
稲垣宗吉、宮中へ献穀
良川駅舎改築着工
春木簡易郵便局開局
「鳥屋町史」発刊
春木簡易郵便局開局
町道二六号(末坂〜春本〜瀬戸)開通

昭和31年

1956

良川駅改築落成
藤華織物協同組合設立、サイジング共同加工場竣工
第一回鳥屋町家畜共進会
農協良川事務所改築落成
新農村建設特別助成地区に指定、家畜管理所外五施設完成
鹿西織物協同組合サイジング共同加工場完成
台風九号通過被害甚大
羽坂公民館落成
一青保育所落成
任命制教育委員会発足
新鋭消防自動車に更新
中学校体育館・特別教室落成式並びに小学校二宮尊徳銅像除幕式

昭和32年

1957

公民館の分館に分館主事を新設
県立七尾城北高校鳥屋分校が本校に統合され廃校
鳥屋町土地改良区第一期事業完工
鳥屋町体育指導委員設置
町道二七号線開通
第一回鳥屋町収穫感謝祭開催
中学校林の造林完了
末坂さく井完工

昭和33年

1958

一青踏切に鰐報機設置
新農村建設特別助成事業(共同作業所五施設)完工
小学校養護学級開設
中学校校歌制定
鳥屋町森林組合設立
豪雨により川田地内で二宮川決壊
町道一七号線(花見月通学路)開通
学校給食開始
黒氏区さく井完工
小学校に自由の像、中学校に考える子どもの像が立つ
蒸気機関車に加えて気動車も運行

昭和34年

1959

良川駅鉄道貨物集約輸送駅に指定
寒冷地農業振興事業実施地区指定(国有乳牛二○頭導入)
町文化産業賞の条例・町表彰規則制定
山口輿三吉町長に就任(再選)
瀬戸分校給食開始
小学校運動場にコンクリlトスタンド完成
町制二○周年・合併五周年記念祝賀式

昭和35年

1960

能登二宮駅設置
良川駅に快速列車「能登つばめ」号停車実現
鳥屋町交通安全会結成
鳥屋町畜産会発足
市外通話、セ尾電報電話局に集中
学校水道さく井完成・給水開始

昭和36年

1961

豪雪で能登二宮駅に気動車四○時間臨時停車
鳥屋町土地改良区良川工区完工
春木簡易郵便局廃止
小・中をつなぐ陸橋渡廊下完成
中学校特殊学級開設
農業基本法設立
集中豪雨による被害発生
春木三号窯跡の発掘調査
第二号室戸台風で大きな被害発生
町道七号線(良川駅〜深沢)舗装工事完成
鳥屋町土地改良区春木工区完工

昭和37年

1962

鳥屋町青色申告会結成
町消防団、日本消防協会長の表彰受賞
肥田電器火災
県政九○周年記念「鳥屋町体育まつり」開催
鳥屋町診療所に往診・急患輸送用自動車配備

昭和38年

1963

三八豪雪
第五回町長・町議会議員選挙
大島 孝町長に就任
老人福祉法の公布・施行
町社会福祉協議会が全国社会福祉協議会長表彰を受賞

昭和39年

1964

県中学校体育大会で女子バレーボール優勝
町章の制定
鳥屋町防犯推進隊結成
東京オリンピック大会の国内聖火リレーに五走者参加
合併一○周年、小学校創立九○周年記念式

昭和40年

1965

六道辻に交通安全塔竣工
良川児童公園完成
町内のごみ等の集荷開始(広域圏)
台風二三号直撃、町内全域に大被害

昭和41年

1966

第四回全日本ホルスタイン共進会で第一位入賞
町公民館落成

昭和42年

1967

第六回町長・町議会議員選挙
大島 幸町長に就任(再選)
鳥屋町交通安全協会設立
第一回鳥屋町スポ|ツ少年団体育大会

昭和43年

1968

鳥屋町農業協同組合二○周年記念式
鳥屋町体育館落成
郵便番号制導入
鳥屋町交通安全推進隊結成
明治一○○年記念木植樹
町公民館が全国優良公民館として文部大臣表彰受賞

昭和44年

1969

消防庁舎落成
良川駅跨線橋落成
鳥屋町育英資金制度発足
子どもの広場開園
第一回鳥屋町公民館大会開催
鳥屋町土地改良区瀬戸工区完工

昭和45年

1970

七尾鹿島広域圏事務組合発足
良川駅・深沢間歩道完成
鳥屋町総合計画策定
第一回鳥屋町商工祭開催
学園プール完成
ダイヤル自動式電話開通
町制三○周年・合併一五周年記念式

昭和46年

1971

上水道施設完成給水開始
第一保育所に三歳未満児の保育施設設置
七鹿広域圏消防の発足で常備消防体制確立
六道辻の交差点に町内初の交通信号機が設置
第七回町長・町議会議D員選挙
伊賀武次町長に就任
鹿島農業共済組合が発足
七鹿地区で初の巡回スポーツ車を本町が購入
瀬戸分校にプール完成
良川駅、貨物列車扱い廃止

昭和47年

1972

良川駅民間委託、能登二宮駅無人化
第四保育所落成
深沢六道辻・羽阪三差路間にスクールゾーン設定
良川郵便局移転、新局舎落成
七屋線の蒸気機関車退役し気動車全面運行
県政一○○周年記念歩こう会開催
鳥屋駐在所完成
鳥屋町交通防犯推進隊結成
広域圏消防署鹿南第二分遣所が完成

昭和48年

1973

捌鳥屋町農業協同組合羽坂支所落成
学校統合より瀬戸分校を瀬戸教場と改称
鳥屋町文化協会発足
深沢第一号窯発掘調査
中能登森林組合として発足

昭和49年

1974

鳥屋町診療所新築落成
「鳥屋小学校百年史」発刊

昭和50年

1975

町制三五周年・小学校新築落成記念式、小学校百年記念式
瀬戸教場廃校
鳥屋町農業協同組合育苗センター完成
瀬戸・花見戸地区にスクールバスを運行
第八回町長・町議会議員選挙
伊賀武次町長に就任(再選)
瀬戸分校を第三保育所として開所
体カつくり国民会議議長賞受賞

昭和51年

1976

第一保育所新築落成
町民グランドに夜間照明設備完成
鳥屋町相撲場完成
小学校体育館完成
桜の苗木を花見月パイロットに植樹
トレーニングセンター完成(

昭和52年

1977

花見月ライスセンター完成
良川老人集会所開所
小学校給食棟完成

昭和53年

1978

鳥屋町公害防止条例制定
鳥屋町中小企業不況対策資金融資制度発足
局地的豪雨で七屋線の七尾・羽咋駅間一時不通
鳥屋町弓道場完成
鳥屋町民俗資料館開館

昭和54年

1979

第二保育所新築落成
生活改善センター完成
第九回町長・町議会議員選挙
坂井義雄町長に就任
家庭教育推進協議会発足
鳥屋町基本構想・基本計画策定

昭和55年

1980

町議会だより創刊
町営川田住宅完成
町民憲章・町花木制定
交通死亡事故皆無一九八四日達成
「広報とりや」縮小版発行
町制四○周年・鳥屋中学校新築落成式
黒氏新町集会所落成

昭和56年

1981

五六豪雪
町婦人会、環境美化運動で環境庁長官から表彰受賞
鹿西地域運動公園野球場完工

昭和57年

1982

小学校運動場完成・記念大運動会
廿九日集会所落成
消防ポンプ車四輪駆動配備

昭和58年

1983

上水道第一次拡張工事完成
緑の健康広場完成(ゲートボール場)
新長曽川工事完了
第一○回町長・町議会議員選挙
ト部一雄町長に就任
中学校テニスコート夜間照明完成
第財団法人鳥屋体育振興事業団設立
全国社会体育優良団体文部大臣表彰受賞
川田集会場落成
鳥屋町壮年団協議会結成

昭和59年

1984

良川沖集会所落成
良川駅小荷物取扱廃止
良川駅前町宮駐車場完成
社会福祉法人鳥屋町社会福祉協議会発足
町制四五周年・合併三○周年記念式・鳥屋体育館落成
鳥屋町商工会館竣工

昭和60年

1985

良川駅前消雪装置完成
良川駅前町官自転車置場完成
集中豪雨で黒氏地内の二宮川決壊

昭和61年

1986

鳥屋町活性化推進協議会発足
眉丈が丘休憩所に数奇屋造り完成
人槻集会所落成
町内五保育所にプール新設
春木区幹線排水路完成
第一保育所に託老所開設
町役場新庁舎・社会福祉センター落成

昭和62年

1987

黒氏集会所落成
国鉄良川駅から,R西日本良川駅に
第一一回町長・町議会議員選挙へ
ト部一雄町長に就任
能登バルダン操業開始
「大阪とりや会」発足
眉丈が丘休憩所の第一期工事完成

昭和63年

1988

鳥屋町体育協会創立四○周年記念式
小学校校旗更新樹立
第三保育所新築落成
良川駅前町官自動車駐車場完成
死亡事故ゼロ連続一○○○日達成
トリヤ電機操業開始
鳥屋診療所を恵寿総合病院に運営移管
成人式を旧盆に変更して実施
梅の里公園完成
みそ加工施設(特産とりや味噌)完成

昭和64年

1989

昭和天皇崩御
新元号「平成」施行
フェスティバルとりや89開催
農協ライスセンター完成
鳥屋町テニスコート完成
眉丈が丘にバーべキュー施設完成
町制五○周年・合併三五周年記念式
「鳥屋町史(現代編)」発刊

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